7月の終わり頃から、呼ばれたらいつでも駆けつけられるように待機していないといけない、という状況になっていた。以前書いたように楽しみにしていた「同窓会」や、学生時代の友人達との旅行も結局参加しなかった。今から考えるとどちらも行けたかもしれない、と思うが、先が読めない以上、遊びで遠出したいと言える立場ではなかった。
どういう経過をたどるのかはわからないけれど、残された時間の目安だけは知らされていた。家族の中では私が一番その人から血縁的に遠く、でもここ10年は付き添うことが多かったので、必要な情報は私が一番持っていた。そうすると、どうしても業務用スイッチのようなものが働く。その人にとっての息子や孫たちとの時間をコーディネートしなくてはならないという、使命というか、良き働き手であり続けようとしてしまうというか。
8月29日の手越くんのコンサートの頃は、状況がかなり悪化していた。チケットも買っていて、下の子も楽しみにしていたライブだけれど、付き添いを抜けて行けそうだなと判断できたのはその日の夕方5時くらいだった。とりあえず念のためカバンに入れていたペンライトと双眼鏡を持って、下の子と2人で大阪へ向かった。
あの日のライブで私は、ずっと前から今の手越くんの歌声で聴きたいと思い続けていた「愛なんて」を、生で聴くことができた。NEWSを聴き始めたきっかけにもなった一曲だ。この5年、他の昔のソロ曲と比べこの曲が歌われる頻度が極端に少なかったので、毎回セットリストに入っていないかなと思ってもなかなか叶わなかった。だからその曲だと気づいた時露骨に動揺してしまったようで、私の様子に横で下の子は驚いていたらしい。歌の上手い若い少年がちょっと背伸びをして歌っている感じの当時の音源も好きだったけれど、その場で聴いた歌は私が思い描いていた以上の仕上がりで、ホールならではの演出も非常に美しかった。私はこの場に立ちあえたことを、心から感謝した。
事態が急展開したのはその二日後で、その後も、いろいろな段取りが休みなく続いた。憂鬱さからくる疲れが薄く残っているのか、まだあまり長文を書いたりSNSにポストする気にならないのだが、それでも手越くんのWOWOW中継や、イッテQ等の出演番組は、ほぼ見ている。立川オーラスのWOWOW中継で「愛なんて」を録画できたのが、本当に嬉しい。このセットリストを放送してくれて感謝しかない。特別ゲストでJUONが来るというサプライズもあった。当時正直言ってなんだか苦手だったwake me upで感動する自分がいるとは思わなかったな。もう何もかも5年前と圧倒的にレベルが違う。素晴らしいよ。
彼の世界には「冷笑」や「嘲笑」が存在しない。だからこそ、疲れ果てている気持ちが救われるんだと思う。ずっとネットの世界に接してきて冷笑ばかり目にしてきて、飽きてしまった。そういうことはもういいやという感じ。
これから時間だけが取り仕切る残酷な順番があって、私自身避けて通ることはできないから、嫌だと思うものには削られず、大切に残りの人生生きていきたいと思う。
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