去年は長い間アウトプットする気にならない状態が続いていたけれど、今年の5月くらいからイベントが続いたからか、少しずつ目詰まりが取れて流れ始めた感覚がある。
5月4日の手越くんのシンフォニックコンサート、5月10日の加藤さん主演の舞台エドモン、5月17日のアップリンク京都での「MIRRORLIAR FILMS Season7」の鑑賞。
家で見たDayDay.SUPER LIVE 2025とVS.超特急ライブの配信。
6月4日と5日はZeppなんばで手越くんのライブNEVER END 。
あとは八王子魂の配信、T.N.Tの新曲。
さすがにここまで自分に供給し続けたら、膠着した部分も少しは動くようになる。少し、息を吹き返してきたのかも。
それぞれについての感想はXにも書いたが、T.N.Tもすごく気に入って、DayDay.SUPER LIVE 2025や八王子魂は何度も再生した。
私はX JAPANを一瞬も通らなかったので、もともとYOSHIKI的美学に対する解像度が低いんだと思う。去年手越くんがXYのメンバーになった時に初めてYOSHIKI(多分同い年)を直視して、あー私、無意識に避けてきたんだな、と思った。
何ですかね。もちろん否定はしないけど、全体が私の嗜好の対極に位置している。ひたすらうっとりさせる大掛かりで大変美しい音楽。うっとりの加減が突き抜けている。だからこそ信仰として成り立つんだとも思うし、信仰だからこそ苦手なのかもしれない。
YOSHIKIの世界観が色濃い「Crazy Love」、存在自体にその世界観を背負う、YOSHIKI縛りのあるグループ「XY」。パフォーマンスは本当に素晴らしいのだけど、私が感じるしんどさも、その信仰から逃れられない呪縛の部分にある気がする。
T.N.Tの活動が始まった時、あれ、こっちはしんどくないなと思った。まっさらなものにそれぞれの個性が乗っかってるので、純粋に曲、歌、演奏だけを楽しめる。Jayと手越くんの声って実は似てるところがあるんだな、とか、演奏力の素晴らしさに改めて気づかされたり、とか。良くも悪くもだろうけど、世界進出を強く意識したXYではないからこその音楽ではある。
T.N.Tはその後結局3人になった。発表された時はすごく残念だったのだが、八王子魂のステージを見て、ビジュアルも含めわかりやすくて、これはこれでありかもなと思った。
とはいえXYとその周りをこの半年見させてもらって、信仰とは別の「愛情」という部分におけるファンのさまざまな葛藤や悲しみを延々と目にしてきて心が痛んだ。後追いであれこれ見ただけの外野なので無責任なことは言うべきではないが、これはないよなとも思った。
寡作の芸術志向アーティストが構想していたアメーバがどんなものかは結局よくわからなかったけど、形を決めずアメーバのように、というなら、形が定まらないくらい色んな形でリリースする必要があるだろうし、そうするとつんくか秋元康のように玉石混淆でも一定以上の質のものを量産するか、いっそのこと工房スタイルしかないのじゃないかと思う。それを選択しない時点でそのコンセプトは詰んでいるのではないだろうか。だとしたら、膠着状態から抜けるためにその与えられたコンセプトを機能させようと当事者がもがくのは、自然な活動なのではないだろうか。
最終的に、ファンの理想とは異なる形になってしまったのかもしれないけれど、本人たちが選んだのであれば、そこに彼らの幸せがあるように応援するしかないのでは、とも思う。切ない話ではあるが。
さて、私の次の到達目標は、T.N.Tのライブできょうへいやフルタツの演奏を体で受けられるように、オールスタンディングに耐えられる体力をつけることだ。覚悟を決めてT.N.Tに専念した彼らが楽しそうに演奏していたら、それはきっと私のエネルギーにもなるはずだ。がんばろう。
余談だが、私自身楽器が弾けないから演奏できる人は無条件に尊敬してしまうところがある。少し客観的に評価して欲しくて下の子(軽音楽部)にT.N.Tの映像を見せたのだが、結局ボーカルがアップになるたび「ビジュ、良!」しか言ってくれんかった。
ブレないな。
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