女の子だからどうこうしろと親から言われるのが昔から嫌いだったので、自分の家族にも絶対その言い回しだけは使わないようにしようと思ってきた。女の子だからお行儀よくしなさいとか、女の子だからお手伝いしなさいとか。それは女だろうが男だろうが、「人として」、必要なことじゃないか、と理屈も用意できる話。
そうやって意識して、「女の子だからこうあるべき」というのは排除しようと思っていたけれど、家族(女児)は知らないうちに「女の子」的なものが好きになっていた。最初から見ているけれど、何が原因なのかはわからない。私以外のいろんな人が関わって育ってきているわけだから、私が知らないところでなにか外力があったというのも否定できない。ただ、家族女児が「可愛いもの」を与えた方が喜ぶということがわかったので、そのうち私もそれをあたりまえのように選ぶようになった。
もし、家族女児が女の子的なものに全く興味を示さず、機械にばっかり関心を示したり、ボーイッシュな服装に身を包み、男の子とばかり元気よくサッカーや野球をしたりしても、それはそれでなんだか嬉しかったような気がする。でも、もしも、家族が女児じゃなくて男児だったとして、その子が圧倒的に女の子的なものばかりにしか関心を示さなかったら、果たして私は受け入れられただろうか、と思う。
そういう意味では、結局、私のジェンダー観はかなり片手落ちでいんちき。
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