新潟の実家は今「新潟日報」と「三條新聞」をとっていて、一般紙は購読していない。昔、私がまだ高校生で祖父母と隣接して住んでいた頃、私の親は毎日新聞をとり、祖父母がその地方紙2紙をとっていた。祖父母は読売新聞もとっていたような気がする。当時は毎日のように祖父母の家に行って、その地方紙を読んでいた。三條新聞はお悔やみ欄から見るのが習慣だった。当時テレビ欄は今ほどではなかったが、他紙よりは詳しく載っていたような気はする。新潟日報は、小遣い稼ぎに匿名で投稿してたりしていたので、掲載の有無などをこっそりチェックしていた。読売新聞は、4コマ漫画は読んでいた。
夕方行くと、祖父母はたいていこたつに入ってテレビを見ていた。祖父は私が部屋に入ると、自分の横にある新聞を1セット、こたつの上に置いてくれた。テレビでは相撲などが流れていることが多かった。祖母はお菓子を出してくれたりした。私はそれらの新聞を読みつつ、その静かな部屋で夕方の時間を過ごしていた。
あの頃、ニュース自体は一般紙を信用していた。地方紙は、記事の大きさが地元か否かで違いすぎて、バランスが悪いと思っていた。だが、自分や自分の家とつながっている感覚があるのは地元紙だった。一般紙はどこか違う世界の新聞を読んでいるような気分だった。
祖父母が亡くなってから実家では一般紙をとらなくなった。それを聞いたとき、「えーっ」と思ったが、新潟日報と三條新聞のどちらかをやめるってのも想像できないのだった。
こんなことを書いているのも、全国の地方紙の発行部数がまとめてあるサイトをたまたま見たからなのだが、新潟日報は数値だけ見ると県内では単読紙のようだ。
そのうち地方紙調べが面白くなり、サイトめぐりもしてみた。全国を旅しているような、そんな気分。
コメント