手越くん退所後雑記3ー最近の2人の娘と私のこと

 一つ前の日誌で触れた「手越くん退所後雑記3」。手越くんシリーズいつまで続くのか...。まあ、私の人生の記録として残しておく。

 少し話は遡るが、8月、手越くんのオンラインライブを2人の娘と3人で見た。会場、演奏、選曲、そして彼の歌、全てにおいて想像より遥かに上質で、満足度の高いライブだった。真剣に見ていた私と上の子の横で、NEWSのコンサートとは違う大人の雰囲気に飽きたのか、下の子は手に持っていたゲームを始めていたけれど。

 ライブが終わってから、ぽつりと上の子が、「いいライブだった」と呟いた。「てごしはパフォーマンスで殴ってくる。」

 上の子は昔からバラエティの手越くんには興味がなく「歌と顔」と言い切っているタイプの手越担ということもあるのか、退所後の活動にはずっと複雑な気持ちを抱えている様子だ。楽しかった思い出はそのままにしておきたい。今の活動を全肯定も全否定もできず、動画やインスタも見たり見なかったり。彼女曰く、「いいゾンビと悪いゾンビ」がいるという。良いものには良い、と言える人たちはまだいいゾンビで、ゾンビたちのいいねが欲しくて悪口を言い続ける人たちが悪いゾンビだと。あのライブにすら文句言ってるような人たちはもう離れた方がいい、とも言う。

 下の子は「NEWSの手越くん」が好きな気持ち半分と、「手越くん」が好きな気持ち半分やねん、と言っていた。手越くんを見ると「半分悲しい」。イヤホンで音楽を聴いて涙を拭っているので声をかけるとEPCOTIAを聴いていたりする。でも、彼の企画ものの動画をケラケラ笑いながら見ていたりもするのだった。


 そして私はというと、気持ちが迷子になっていることは否定しない。3人のNEWSを視界に入れようとするたびに、NEWSファンによる「手越くんが愛されていない世界」が目に入ってしまう。私はそれが受け入れられず、あれ以来ずっと3人のファンを直視できていない。

 2年前、私は小山くんの悪口を見ないために、前向きな小山くんファンのツイートばかり眺めていた。(「ファン」参照)それはその後習慣として続いていて、私は彼女たちが喜ぶポイントを楽しむために小山くんの活動をチェックしていた。
 でも、NEWSが3人になったタイミングで私はその人たちのツイートが一切見れなくなった。あんなに暖かく小山くんを守っていた人たちの手越くんへの冷たい感情が辛かった。そうすると、不思議とそれまで聞いていた小山くんのソロラジオや、レギュラー番組も楽しめなくなる。私は自分の「好き」ではなくて、人の愛情越しにしか見ていなかったのかもしれない。

 手越くんが愛されていない世界を見たくないがために、私はまた同じ手法を使っている。悪口を言わない手越ファンのツイートといいねを巡り、手越くんが揺るぎなく愛されている世界の存在を確認しては安心し、手越くんの供給するコンテンツにファンが喜ぶ様子を眺めている。ファンの愛情越しに見える景色はいつも綺麗だ。
 手越くんが表紙のNYLONは、娘のためでなく自分がインタビューを読むために買った。困ったことに、NYLONやアエラドットの手越くんのインタビューは、NEWSにいたアイドルの範囲の手越くんの言葉より何倍も刺さってくるから不思議だ。


 それとは別に、今回の件で私にちょっとした変化が起こったことを自覚している。それは私の本来の性質に起因し、なにかを否定したりするものではないことは断っておきたい。

 私はNEWSを好きになって、それまで全く外野から眺めていたジャニーズ事務所に詳しくなった。NEWSのあれこれを提供してくれる事務所に感謝もしていた。事務所の他のグループに食指が動くことはなかったから、私は事務所的なものではなく、あくまでNEWSが好きなのだと認識していた。そもそも、ジャニーズファンにありがちな「男の人を可愛いと思う感覚」が欠落しているのと、ファンが喜ぶわちゃわちゃもあまり興味がない。(ただ一つ、加藤さんの小山さんへの変な執着は大変興味深いと思っているが)

 変化のきっかけは、手越くんに関する5月15日のプレスリリースだった。「掲載内容の相違はあれど、女性を伴う外出の事実を認めました」という文章を読んだ時の違和感。不要不急の外出、のような無難な表現ではなく、あえて、女性を伴う外出と書かれている。外出時に女性を伴ったら処分対象ということなのだろうか?という些細な違和感だ。
 これに関して、後日手越くんが会見で「外出に関して報告していたが、女性を呼ぶことは報告していない」という内容を話しているのを見て、「女性を伴う」とあえて書かれていることが腑に落ちたのだった。

 社をあげてステイホームを推奨している芸能事務所がどうやってタレントを管理していたのかは知らないが、報告させていたとしても不思議はない。また、会社へ報告の上での外出とはいえ、女性を呼び、イメージを損なうリスクを高めてしまったという点についてタレントが会社から咎められるのも仕方がない。
 だが、それとは全く別な話、あの文からそんなニュアンスを汲み取れる人はどれくらいいるのだろう。勝手に女性を連れて遊びに行ったという印象しか受けない。嘘はないが行間を読ませ、全てをタレントに背負わせる巧みな文だ。報告して外出する、という内部的な事情や、彼が独立するつもりだとか公表できないことだらけの中の精一杯ではあるのかもしれない。ただ結果として、あの文を説明するためには独立を進めるしかないのではないか。そのことに気づいた時、私の中にあった文書に対する小さな違和感がネガティブなものに変わった。

 芸能活動自粛時のプレスリリースもそうだ。あの文を良い文章と評している人がいるのを見て愕然とした。私は叙情的な文章を企業が出すことに戸惑いを感じるだけだった。運営が数名でやっている事務所や、社長が個人で記名で出す文書なら理解できる。だが、大きな企業になればなるほど、組織的に叙情性を共有できるとは考えにくい。普通は極力公式文書からは排除するものではないのだろうか。

 ビジネス文書として標準的だったのは手越くんの退所の時の素っ気無いものだけで、その後も色々な文書でこの事務所の叙情性を目にする。その度にその使い分けも含め、ネガティブな違和感が蓄積する。今回の一連の出来事の中で手越くんに嫌悪感を持ったNEWSファンがいるように、私は事務所の仕事等ではなく、事務所の出す文書があえて透かして見せようとしてくる戦略的な「情」のようなものが吐くほどに嫌いだ、と思った。

 それからだ。私はそれまで単なる事象として咀嚼していた事務所の「調和を強調したエンタメ」が苦手になった。情に厚い事務所が愛を持ってタレントを育て、先輩は後輩に優しく後輩は先輩を慕う。誰もが創設者を尊敬し目的に向かって一丸となる。繋がり、絆、調和、団結。今まではそれがあまり私の気質にあっていないこともわかっていたけれど、NEWSが好きすぎてそんなことはどうでもよかったのだ。事務所タレント大集合といった場面では、4人を探し、その枠組みでちゃんと馴染んだり役割を果たしているかなどを確認していた。それはそれで楽しく、満たされたものだった。

 ところが今は、NEWSの3人は好きなのに、「ジャニーズ事務所的な調和」は憂鬱で見れないという少し困った状況にある。事務所の先輩後輩エピソード、24時間テレビ、チャリティーソング、ジャニーズシャッフルメドレー。NEWSを見るためには避けづらいものだ。子どもたちに安心して見せられる幸せコンテンツ。そんなものに組織の同調圧力を感じ気持ちが萎えてしまうなんて、私の感覚は多分おかしい。

 結局、先に書いた身勝手な心情と一緒で、その調和は私にとって「手越くんが愛されていない世界」でしかないのだろう。私がNEWS3人だけは好きでいられるのは、彼らに手越くんが愛されていないはずがない、と思っているからかもしれない。