今更「ピンクとグレー」感想【ネタばれ】

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 今更だが、「ピンクとグレー」感想ネタばれバージョンを無理やり仕上げた。ネタばれを含むので、本文ではなく「続き」の方に書いてみる。

 といっても書きかけのままで3カ月放置して、結局まとまらず内容が散漫になってしまった。あまり寝かせすぎるのもよくない...。


 

 「絶望的に美しいこの世界に僕は君とともにある」
このキャッチフレーズ、そしてspoon.の記事にあった「遺書」という文字、発表されていたあらすじ、それらから私は漠然と、「再会後に片方が片方をコントロールして悲劇が起こる」話なんだろうなと予想していた。私が想像していたのは、売れなかった河田が何らかの「力」を手に入れて鈴木の前に現れ、人気のピークを過ぎて不安と焦りのある鈴木をコントロールする話。いや、こんな予想書かなくて良かったと、読んで思った。

 片方が片方をコントロールするというところは大きく外していたわけじゃないが、役者という設定がメタ構造への伏線になっている事、何がきっかけで注目されるかわからない世界であるということ、ピンクとグレーのタイトルに象徴されていた、二人の「色が混ざる」という事、そういう点にまで全く思い及ばなかった。
 前半はりばちゃん(河田)目線の話であるので、どの登場人物より河田一人が生々しい存在で、ごっち(鈴木)はどこか掴みどころがない。そういう描き方も話の後半の展開の伏線であったわけだ。

 鈴木は白木蓮吾というスターとなり、河田と再会する。再会後、白木が河田に意味ありげなことを言うので、これから断絶していた二人が絡んで物語が進むのだろうと読んでいると、唐突に悲劇的な展開が待っている。期待が裏切られ愕然としても、話は一瞬も止まらず進む。それまで丁寧に細かく描写されていた日常から、想像すらしない「非日常」へ一瞬にして景色が変わってしまう。河田は、突如白木の筋書き通りとも思える展開に飲みこまれる。姿のない白木が、見えない力で河田をコントロールするかのように話が進む。
 だが、ラストに近づき白木の目線が描かれ始めると、それまで何か完成された画面の向こうのスターだった白木蓮吾ではなく、物語の前半「ごっち」というあだ名で描かれていた掴みどころのない印象の鈴木の姿が見えてくる。ごっちの哀しみ、絶望、二人が断絶へと向かっていった時代の、河田への思い。それがあまりにも滑らかに全てに結びつき、それまで読み進めてきて空いていた物語の隙間に染みわたるように流れ込む。

 多分、構成や文章表現、そういう点でいろいろと述べることもあるのだろうけれど、例えば時系列を崩していったりきたりというのは小説では定石な気がするし、メタフィクション的な手法自体も特に珍しいことではないと思う。溢れんばかりの技術力の一部で書いているというよりは、精いっぱい書いているので、引用が多いところは頼っているようにも見えるし、死の描き方に対する青臭さに嫌悪感を持つ人もいるのかなとも思う。
 女性や性描写が絶妙に生々しくないのはファンへの配慮なのかもしれないが、お姉さんのエピソードは取ってつけた感もあって私はこの小説の中で一番意図の理解が難しかった。
 以上、褒めてばかりとあまりにも盲目的な感じがするので、他に感じたこととして書いておいた。

 小説中に好きな表現もいろいろあったが、今思いだせる限りで、シーンとして一番好きなのは、「遺書」の最後の方にある付けたしたような「冗長さ」が何を意味するのか、それが描かれていた部分だ。ああそういうことだったのかと。もう一度見たかった眠っていた彼の顔、そして、ちゃんとこの地球で生きている彼の姿。あの遺書の中に、まだ生きていたごっちの目に写ったりばちゃんとの最後の時間があったことが明かされる個所である。なんというか、私が一番著者にやられたなあ、と思った個所かもしれない。

 著者はまだ若くて多分これから先の人生また色々あるだろうから、客観的な目線、感性、ことば、それらを研ぎ澄ませて、いい作家さんになっていってもらいたいと、かなり年上の私は思っている。 そして、きっとこれからNEWSの活動が忙しくなるだろうし(予想)、著者には時間を見つけて短編を書いてもらいたい気がする。あまり引用が無く、ワンテーマで書ききる短編。願わくば、それが絡んで一つの大きな話になっているようなものが読みたい。
 

 なお、以下全く余談だが書き残したいこと。

 石川がメダカの話をするシーンの件。
 「全ての色を吸収したの」「そして透明になった」のやり取りを読んだとき,作中そのシーンで誰も突っ込まないので、絶対何かの伏線だ、と思ったことを一応書いておく。色を吸収することすらやめて透明になった、なんてポエティックだから、それが後で出てくるんだと思っていた。
 あれを伏線だと思ったのは、少しでも非科学的なことを言うと、
 「いや,吸収したら透明じゃなくて黒だろ,反射も吸収もしないで光が減衰せず透過して背景で反射するから向こうが透けて見えるんだから」「そもそもアルピノは(うんぬん)」と空気を読まずつっこんでそのまま男だけで盛り上がるような、お洒落や女子とは完全無縁な理系男子しか私の周りにいなかったというのも一因に思う。
 この、ピアスやらモデルやらバンド、しかも芸能界と関わる男子高校生と、気品を感じる女性たちが繰り広げる「ピンクとグレー」は、著者の狙いだったのかどうかはわからないが、どんなに悲劇的で暗くともその絵としての美しさのレベルが高水準で保ち続けられている。放つ光の色がファンタジーだ。ジャニーズ事務所の看板背負うにふさわしい小説であることは間違いない。

 渋谷にはこんな高校生がいたのか。渋谷はとんでもないところだ。